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金正男氏が暗殺された本当の理由

金正日氏の後継者争い

北朝鮮金正日氏(第2代最高指導者)の後継者争いは、正男氏(長男)と異母兄弟の正恩氏(三男)間で、1990年代から始まっていた。

当初は、金日成氏(第1代最高指導者)の初孫である正男氏(長男)が後継者となると見られていた。

しかし、正恩氏の実母、高英姫氏(コョンヒ)が1998年、乳がんと診断されたことから、事態は大きく動く。

高英姫氏は、子供たちの身を案じ、積極的に朝鮮労働党幹部を味方につけようとした。

その結果、後継者争いが激化していく。

 

高英姫氏はどのようにして、朝鮮労働党幹部を味方につけたのか?

  1. 高英姫氏は1952年日本で生また在日朝鮮人である。
  2. 1990年代、日本の在日朝鮮人は新潟から万景峰号(マンギョンボンゴウ)などを利用し多額の資金を北朝鮮に送金したと言われる。
  3. その金額は年間数百億円、合計では数千億円と言われる。

 

高英姫氏が在日朝鮮人の資金を活用して朝鮮労働党幹部を味方につけた可能性は十分にある。

 

2001年、金正男氏、日本に偽造パスポートで不法入国

当時、金正男氏は、北朝鮮からの武器などの密輸品の代金回収のため、世界各地を訪問していた。

日本の朝鮮系金融機関にも秘密口座があったとされる。

過去に数度来日しており、赤坂の韓国バーにも出入りし、在日朝鮮人との接触もあった。

 

2001年、金正男氏が日本に偽造パスポートで入国することはCIAから日本の当局に情報提供された。

そのCIAに情報提供したのは以下の誰かと思われる

 

なぜCIAに通報したのか?

 

もちろん、後継者争いの一環として、金正男氏の失脚を狙ったとされる。

この時、日本の当局は、金正男氏から、北朝鮮の密輸ルート、資金源などの情報を得た。

 

2003年に相次ぐ交通事故

 

2003年6月、金容淳(キム・ヨンスン)朝鮮労働党書記が交通事故に遭い、2003年10月に死亡した。

金容淳氏は正恩氏側の労働党幹部と言われていた。

 

さらに、2003年9月、高英姫氏も交通事故に遭い重体となった。そして翌2004年夏にフランス・パリで死亡した。

 

2013年 張成沢朝鮮労働党幹部が粛清された。張成沢氏は正男氏を後継者に押していた幹部の一人だった。

 

金正男氏を支持する多くの朝鮮労働党幹部がいる。また、逆に金正恩氏を支持する幹部も多い。

 

両派の後継者争いは、多くの犠牲者をだしながら20年近く続いてきた。

 

その最終決着が、金正男氏の暗殺だった。